おはようござます。12月3度目の土曜日の朝を迎えました。
今朝は、久しぶりに恵みのお雨の朝を迎えました。


今朝は、慰め、励ましの、希望に満ちた世界で最も売れている聖書を解き明かしながらこころのビタミンを通して一緒に学びましょう!

①神様があなたを愛して下さっている真実と
②救い主イエス様との出会いを体験されていない方に
③クリスチャンで教会から離れている方々へ
私はあなたに神様の愛のメッセージを伝える為にこの文章を書きました。
その為にキリスト教用語を省略して日常生活に簡単に適応できるする為です。

※クリスチャンの方は、所属先のキリスト教会の牧師先生方から深い聖書の学びをすることを推奨します。
新約聖書:テモテへの手紙Ⅰ 1:15-16
「「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来てくださった」ということばは真実で、そのとおり受け入れるべきものです。
私は、その罪人の中でも筆頭格の人間です。 それにもかかわらず、神は私をあわれんでくださいました。
キリスト・イエスは、どうにも手がつけられない罪人に対してさえ寛容を示して、私のような者を選ばれたのです。
それによって、だれでも永遠のいのちを持つ希望が与えられるのです。」
テモテへの手紙Ⅰ 1:15-16 リビング訳

今日は3つの視点から生活に適応を考えてみましょう。
Q1:なぜイエスは「罪人のために来られた」と言われるのですか?

今朝の聖書の言葉は15節でパウロは「キリスト・イエス様は、罪人を救うために世に来られた」と語ります。
これは立派な人だけでなく、失敗や後悔を抱えた人こそ対象だという宣言です。
人は弱さを隠しがちですが、主イエス様はそこから目を背けません。

Q2:なぜ自分を「罪人のかしら」とまで言ったのですか?

使徒パウロはかつて人を傷つけた過去を持っていました。
その彼が赦された事実そのものが、「どんな過去でも切り捨てられない」という希望の証しです。
イエス様の救いは理論ではなく、実際の人生で示されました。

Q3:この話は今を生きる私たちに関係がありますか?

16節は、この出来事が「後の時代に主イエス様信じる人への模範」だと語ります。
完全でなくていい、立ち直れない過去があっても希望は残されている。
それが救い主イエス様の本当のこの世に誕生して目的のです。

やり直せない過去があるあなたのために、イエス様来られた。:まとめ

今朝の聖書のテモテ第一1章15~16節は、「あなたの人生は失敗で決して終わらない」と静かに約束しています。
イエス・キリストは、人類の弱さを責める存在ではなく、そこから新しい道を開く救い主なのです。
信じるかどうかを超えて、この希望は今も私たちに語りかけています。
この一貫した主イエス様の姿は、疲れた心に静かな安心を与えるメッセージです。



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