金持ちとラザロのたとえ・死後に分かれる運命とは?【動画解説付】※スマホの方は、Googlechromeでご覧下さい。

日々の感謝

おはようござます。晴天の木曜日の朝を迎えました。

今朝も少し気温の低い朝ですが、晴天の天気に恵まれました。


今朝もこころのビタミンを通じて世界のベストセラーバイブルで共に学んで見ませんか?

糸数(バルナバハウス前)
糸数(バルナバハウス前)

今朝もこころのビタミンを通して慰めと励まし・希望に満ちている世界のベストセラーバイブルを紐解いて共に学んでいきましょう!

①神様があなたを愛して下さっている真実と

②救い主イエス様との出会いを体験されていない方々に

③クリスチャンで教会から離れている方々へ


お届けする目的で書かせて頂いています。その為に、キリスト教の専門用語は、
極力省き生活に適応できるように


神様に必死に祈りながら知恵を求めて拙い未熟な文章力で書かせて頂いています。

糸数
糸数

※既にクリスチャンの方は、所属先のキリスト教会の牧師先生方から深い聖書の学びをすることを推奨します。

ルカの福音書16章19節~31節のシンプルな内容に書くと?

ルカ16:19-31では、贅沢に暮らす金持ちと、貧しく病気のラザロの対比が描かれています。
金持ちは地上で快適に過ごしましたが、死後に苦しみを受けました。
一方、ラザロは天使によってアブラハムのそばへと導かれ、慰めを受けます。
金持ちはラザロに助けを求めますが、地上での行いの結果として、その願いは叶えられません。

★この聖書のたとえ話は、地上の富よりも、神様への信仰と隣人への愛が永遠の運命を左右することを教えています

新約聖書:ルカの福音書16章19節~31・リビングバイブル・

19節イエスは話を続けられました。「ある金持ちがいました。きらびやかな服を着、ぜいたく三昧の暮らしでした。
20節 ある日のこと、その家の門前に、ひどい病気にかかったラザロという物ごいが横になっていました。
21節 金持ちの家の食べ残しでもいい、とにかく食べ物にありつきたいと思っていたのです。
かわいそうに、犬までがおできだらけのラザロの体をなめ回しています。
22節やがて彼は死にました。天使たちに連れられて行った先は、生前神を信じ、正しい生活を送った人たちのところでした。そこで、アブラハムのそばにいることになったのです。
そのうち、あの金持ちも死んで葬られましたが、
23節 彼のたましいは地獄に落ちました。苦しみあえぎながら、ふと目を上げると、はるかかなたにアブラハムといっしょにいるラザロの姿が見えます。
24節 金持ちはあらんかぎりの声を張り上げました。『アブラハム様! どうぞお助けを。
お願いでございます。ラザロをよこし、水に浸した指先で、ほんのちょっとでも舌を冷やさせてください。この炎の中で、苦しくてたまりません。』
25節しかし、アブラハムは答えました。『思い出してみなさい。おまえは生きている間、ほしい物は何でも手に入れ、思うままの生活をした。だがラザロは、全くの無一物だった。
それで今は反対に、ラザロは慰められ、おまえは苦しんでいる。
26節それに、そちらとの間には大きな淵があって、とても行き来はできないのだ。』
27節 金持ちは言いました。『ああ、アブラハム様。それならせめて、ラザロを私の父の家にやってください。
28節 まだ五人の兄弟が残っているのです。彼らだけは、こんな目に会わせたくありません。
どうぞ、この恐ろしい苦しみの場所があることを教えてやってください。』
29節『それは聖書が教えていることではないか。その言うことを聞くべきです。』
30節金持ちはあきらめません。『でも、アブラハム様。彼らは聖書を読みたがらないのです。
ですが、もしだれかが死人の中から遣わされたら、彼らも罪深い生活を悔い改めるに違いありません。』
31節 アブラハムはきっぱり言いました。『モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、
だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。
ルカの福音書 16:19-31 リビング訳




この節から学べる3つの重要なポイントを以下にまとめます。  

  ※今朝の聖書のストーリーは、神様の深い無限の愛を表現する為に現代の私達に理解できるように
誇張して表現していますが、ご理解の程宜しくお願いします。

質問1 「このたとえ話の金持ちとラザロは、何を象徴していますか?」

糸数牧師
糸数牧師

 ルカ16:19-31のたとえ話では、贅沢に暮らす金持ちと、苦しみの中にいる貧しいラザロが登場します。



金持ちは地上の生活で裕福に暮らしましたが、死後、苦しみの場所に落ち、ラザロは神のもとで慰めを受けました。

この話は、私たちが地上の富や快適さに執着せず、神の御心に従って生きることの大切さを教えています。

どんなに、社会で成功しても、他者への思いやりを忘れてしまうと、真の幸せは得られません。

★お金や地位は一時的ですが、思いやりや愛に満ちた行動は、永遠に価値を持ちます。


質問2: 「今朝の聖書のこの話から、どのような教訓を得ることができますか?」

糸数
糸数

ここでの教訓は、私たちの生き方が死後の運命を決めるということです。

金持ちはラザロの苦しみを見ても無関心でしたが、死後になって初めてその行いの結果を知りました。
イエス様は、この話を通じて、今の行動が未来に大きく影響することを教えています。

例えば、親が子どもに「勉強しなさい」と言い続けても、子どもが今は遊びたいと無視していると、将来になって後悔するかもしれません。

★同じように、神様の教えを無視して生きると、後になって気づいても遅いのです。

質問3: 日常生活でこの教えをどのように適応して実践できますか?

糸数(バルナバハウス前)
糸数(バルナバハウス前)

私たちの日常生活では、他人に対して思いやりを持ち、与えられた恵みを他の人と分かち合うことが大切です。

今この瞬間に、誰かに親切にすることが、神様の愛を実践することにつながります。

例えば、仕事が忙しくても、家族や困っている人のために時間を割くことが、長期的に見れば心の豊かさにつながります。

あなたもラザロのように困難な状況にある人を見かけたら、手を差し伸べることを意識しましょう。

金持ちとラザロのたとえ・死後に分かれる運命とは?:まとめ

糸数
糸数

★このたとえ話は、私たちに与えられた時間をどのように使うかを考えさせるものです。

神様の愛を受け入れ、日々の生活の中で隣人を思いやることで、永遠の価値ある人生を歩むことができます。

今日から、あなたも小さな親切を始めてみませんか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました